再びカテーテル検査
特発性冠動脈解離を発症してから半年後、術後確認のためカテーテル検査を受けました。
発症した時は緊急カテーテル検査だったので私は説明を受けなかった(多分)のですが、
半年後の検査前に、使用する器具を見せてもらったり検査方法等丁寧に説明されたのですが、こんなに太いものが血管を通るのかとゾクッとしたのを覚えています。
検査の前日に入院して、何事もなければ3日で退院と説明されたのですが検査を受けるまで何か問題があったらどうしようと不安に苛まれていました。
発症時はカテーテルを右の太ももと手首から通したので、再検査の時は左手首から検査しました。
「知らぬが仏」という言葉の通り、何が起きているかわかっていなかった発症時の検査の時とは違い、あの器具が体内に入るのかと思いながらの検査は、痛みを感じなかったとはいえかなり怖く感じました。
検査の結果、異常はなかったのでホッとしましたが検査後全身が痒くなり、やはり造影剤に反応しているのかもしれないとのことでした。
2泊3日で退院できましたが、やはり薬が私の身体には合っていないのか数週間体調が良くなかったのを覚えています。
もう2度とカテーテル検査を受けたくないという強い思いは今でも消えていないです。
飛行機に乗ってから不整脈に。
退院してからしばらく飛行機に乗らなかったのですが、1年程経った頃、法事で北海道に行かなくてはならなくなり体調も悪くなかったので日帰りで行くことにしました。
帰宅してから特に体調に異常はなかったのですが、ベッドに入って横になり寝付く前にそれまで感じたことのない違和感を感じました。動悸がするとはこういう症状なのかなという感じでした。
疲れたのかと思い気にしていなかったのですが、しばらくの間同じ症状が続いていました。
タイミングよく、1週間後に定期検診が入っていたので何かあるかもしれないと少しドキドキしながら病院にむかいました。
心電図の検査をしている最中に、初めて胸の部分の装置が妙な感じでビクッと反応しました。
検査の結果、先生から不整脈が出ていると言われて飛行機に乗ったことを伝えたのですが、
もしかしたら気圧の変化が影響したのかもしれないと言われました。
念の為経過観察することになり、血圧を毎日記録して1ヶ月後に再検査。
幸いにもその頃には不整脈も出なくなり、ホッとしたのを覚えています。
あれ以来、飛行機に何度か乗りましたが不整脈が出ることなく過ごせています。
今思えば、発症してから3、4年は体調が落ち着かなかった気がします。
不整脈のあの妙な感じは嫌なものです。
夜中に左手が痺れるようになりました
退院してどのくらい経ってからだったか覚えていないのですが、夜中に左手が痺れて目が覚めるようになりました。
痺れ方が病気を発症した時と同じような感じで、左手の腕から小指にかけて一本の筋というか血管というか繋がっている部分が痺れている感覚でした。
毎晩続くこともあれば、数日に1回だったり数ヶ月に数日だったりとそんな日が4、5年続いていました。
なんだか検査入院とか言われるのが怖くて今までお医者さまにこの症状を話したことはないのですが、痺れ方が独特だったので多分心臓で何かが起きていたのではないかと思います。
初めのうちは寝る体制が悪いのかもしれないと思い、枕を買い替えてみたり寝る姿勢を工夫してみたのですが、残念ながら改善されませんでした。
自己診断だったのですが、背中か肩が凝り過ぎてるのではないかと思いストレッチポールや硬めで小さめのマッサージボールを購入して、寝る前に左側の背中や肩、脇の下等をほぐしてから寝るようにしてから痺れが改善された気がします。
幸いにも今まで大事には至らずに済んでいますが夜中に痺れて目が覚めるのは本当に嫌なものです。
大病すると嗜好が変わる?
大病すると嗜好が変わるという話を耳にしたことはありましたが、理由はわかりませんが私も
特発性冠動脈解離を発症してからかなり味覚が変わった気がします。
退院してからしばらくお酒を飲んでいなかったのですが、数ヶ月経って久しぶりにビールが飲みたくなって当時お気に入りだった缶ビールを飲んだのですが、一口飲んでそれまで感じたことのなかった味が妙に口の中に残ってそれ以上飲むことが出来ませんでした。
他の缶ビールも何種類か試したのですがどれも同じ現象でした。
生ビールや瓶ビールは美味しく飲むことが出来るし、色々な缶詰製品を試してみたのですが特に違和感を感じることはなく、10年経った今でもなぜか缶ビールだけは飲めない(飲みたくない)状況です。
もう一つ飲みたくなくなったのがコーヒー。
発症するまでは、紅茶には全く興味がなく朝から晩までエスプレッソか濃いコーヒーばかり飲んでいたのですが、退院してからしばらくの間はコーヒーの香りも受け付けないような状況で、紅茶や緑茶を飲むようになりました。
最近になってようやく1日1杯くらい飲むようになりましたが、あまり濃いコーヒーはまだ受け付けない感じで基本は紅茶と緑茶ばかり飲んでいます。
心筋梗塞が起きたせいなのか、カテーテルのせいなのか、何が原因なのかわかりませんが
あんなに好きだったコーヒーと缶ビールに興味がなくなってしまったのは自分でも不思議でなりません。
冷静に考えれば、血管の中を異物が通って心臓まで入って大量の薬が投薬されたのですから、何かしら変化が起きて当然ですね。
生死を彷徨って気づいたこと
一度生死を彷徨うと人生観が変わると聞いたことがありましたが、40代で思いもよらず体験して「生きる」ということへの向き合い方が変わりました。
私の場合はきれいなお花畑を見たとか、あの世にいる方が迎えに来たという彷徨いではなく、局部麻酔で意識がずっとある中での彷徨いだったので鮮明に覚えています。
カテーテル検査が終わった途端に経験したことの苦しさが突然襲ってきて「死ぬかも」と思った瞬間、あの世にいる家族に「まだ行けない!ごめん、助けて、お願い」と心の中で何度も叫んでいました。
再度カテーテルを入れてステントを入れるまでの間、数分だったと思いますがもう無理!と思うくらい長く感じました。ステントが入った途端に苦しさがなくなり、それこそ生き返ったという感覚でした。
突然死が多い病気を発症したのにまだ生きているので2度目の人生を貰えたと思っています。
以来、生きているのが当たり前だと思っていたのが、生きていることは奇跡の連続なのだということ、1秒先何が起きてもおかしくないのだと改めて考えるようになりました。
奇跡が続いている限り、この世で誰かに必要とされている限り、私に出来ることを一つでも多く残しておこうと。
そう思っていても体調が悪いと身体も心も動きづらく、やはり健康でなければ理想としていることは何もできないのだなと実感しています。
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心筋梗塞が発症する前にやっておけばよかったと思うこと
心筋梗塞が発症する前にやっておけばよかったと思うこと
1️⃣ストレス発散
2️⃣ストレッチ(身体をほぐすこと)
3️⃣良く眠る(質の良い睡眠)
あの頃はまさか自分が倒れるなんて想像もしていませんでしたから、過労が常態化していても人間ドッグで異常がなかったので健康体だと思い込んでいました。
今思えば、仰向けに寝れなかったのは肩や背中が凝っていても感じない程硬くなってしまっていて全身が張り詰めていた状態だったのではないかと。
眠りも浅かったので疲れが取れない日々。移動も車、運動する時間もリラックスして時間を過ごす心の余裕もなかったことを大反省しています。
後悔先に立たずですが、せめて簡単なストレッチやマッサージだけでもやっていれば、生死を彷徨うような病気にはならなかった気がします。
食べ過ぎ飲み過ぎを気をつけることより、日頃から身体や心の緊張をほぐしておくことが一番大切なのだと実感しています。
セカンドオピニオンで決心しました
退院して数ヶ月経ってもズーンと重い感じの倦怠感に悩まされ
とにかくしんどい毎日でした。
旧知のお医者様と話していた時に
「他の臓器は2つあったり再生するから代わりになるものがあるけれど
心臓は1つだけ、止まったら終わりなんだよ」
と言われて妙に納得。
念のためセカンドオピニオンを聞いた方がいいと
他の病院の心臓専門の先生を紹介していただいて
セカンドオピニオン外来へ。
不眠と倦怠感のこと、今後のことを相談したのですが
不眠はしばらく仕方がないかも知れないが
私の場合、血圧が高かったり血液がドロドロではなかったので
倦怠感が続いているのは、飲んでいる薬の量が多すぎるのではないかと言われました。
薬を減らすことで、また再発するようなことがあるのだったら
転医という選択肢はなかったのですが、そのリスクはほとんどないだろうと聞いたので
この倦怠感から逃れられるならと思いかなり悩みましたが転医することに。
転医して、薬が2種類だけになって気持ちもかなり楽になりました。
薬の量が減ってから10日くらい経って身体が軽くなり始め
日常生活がだいぶ楽になったのを覚えています。
救急で運ばれて、特発性冠動脈解離をみつけてくださったお医者様には
一生感謝してもしきれない思いですが
あのままあの量の薬を飲み続けていたら、精神的にも苦しくなっていただろうし
思い切って転医して薬を減らして本当に良かったと今でも思っています。
不眠症になってしまいました
退院してから、6年くらい眠れない日が続きました。
理由はハッキリわかりませんでしたが
多分、冠動脈解離が朝起きがけに発症したので
そのトラウマが残っていて眠るのが
怖くなっていたような気がします。
不眠症を治す本を色々読んでヨガや体操、アロマテラピー、
リラックス音楽、食べ物等良いと言われることは全て試しましたし
当時の主治医の先生に勧められて精神科も受診しましたが特に変化はなく
はじめはあまり気が進まないなかったのですが
普通に生活できるように
とにかく睡眠薬を飲むことにしました。
日常生活で発病前との大きな違いの一つは
眠れないと翌日思うように身体が動かなくなってしまったこと。
倦怠感と発症前の妙な背中の苦しさを感じるようになって
怖くて動けませんでした。
睡眠薬を飲んでも眠れない日もありましたが
薬を飲んで眠った後はたとえ数時間の睡眠でも
普通の生活を送ることができました。
自己診断ですが
私の場合睡眠の質と心臓の動きが連動しているのだと
実感しました。
いまだに眠れないと翌日身体に違和感があって
時々怖くなって身体を横にすることがあります。
本当に情けないくらい無理が効かない身体になってしまいましたが
一病息災、身体のためには良かったのだと思います。
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身体にアザが・・・
いつ頃だったか覚えていないのですが
確か退院して1ヶ月経つか経たないかくらいだったと思います。
気付いたら腕や足に数箇所、身に覚えのないアザができていて
なんだろう?と思いながら特に気にせず生活していたのですが
数日経っても減る気配がなく、違う場所に気付くとできていて
今までと何か違う?と思い、病院へ。
血液をサラサラにする薬が私には強すぎたようで
先生はまだ減らしたくなかったようなのですが
とりあえず1錠減らすことにしました。
家族が脳出血、糖尿、高血圧、肝臓癌、脳腫瘍等
色々な病気に罹ってその度に介護をしていたので
ある程度薬のことも学んでいたのですが、
私のこの病気は全く別物でした。
ステントを入れずに済んでいれば
血液をサラサラにする薬を飲む必要はなかったのに
と後から考えても仕方のないことなのに
やはり色々とモヤモヤ考えてしまうものです。
薬を減らしてもらってからはアザが出来なくなり、
気持ちの問題だったと思いますが、たった1錠薬が減っただけで
身体が少し軽くなった気がしていました。
この時初めて薬の怖さというか
まだまだ知らない世界があることをひしひしと感じたのを覚えています。
退院後、初めての診察
退院して1週間後、経過観察のため病院へ。
何も考えず一人で、自分で運転して行ったのですが
先生に思いっきり怒られました。
その時の私の状況で、一人で行動すること、
一人で運転することはリスクが高いということでした。
よく考えればその通り。
退院する時に言ってくれればいいのにと思いましたが
常識的なことだったのだなと今は思えます。
あの時は自分は元気だと思い込む気持ちの方が強かったのだと思います。
とにかく倦怠感が抜けなかったので先生に相談したのですが
しばらく様子をみましょうと。
心電図、エコー、血圧等異常なく経過は良好とのことでした。
あと1ヶ月は毎週来てくださいと言われ
少しブルーな気分で帰宅しました。
それまで家族が入院して退院後は
食事規制をしていたのが私の中の常識だったのですが
生死を彷徨った病気だったのに何も規制がないことに
なんとなく違和感がありました。
もう2度あんな思いを経験したくないので
自主的に血液がドロドロにならないような食生活を今でも続けています。





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